結婚して2か月しか経っていない頃、最初は主婦として美味しい料理を作ろうと、ブレンダーをフルに活用したり、パンを手作りしたり色々手間のかかることをしていたが、徐々に冷蔵庫の余り物で料理を作る、「主婦の料理」になっていった。
節分の日、季節を感じる料理にしようと、節分に食べると良いとされるシシャモを買った。12匹セットで売っていた。一度に使いきらないと悪くなってしまうため、12匹全て焼き、単純計算で夫婦でひとりあたり2匹食べることになる。ししゃもに大根おろしを添え、豆腐とネギ入り味噌汁、納豆ごはんがその日の晩御飯のメニューとなった。
少々地味だが、たまにはこういう和食も良いだろうと自分では思っていた。
主人が珍しく早く帰宅し、一緒に晩御飯を食べられた。そこまでは良かったのだが、ししゃもを食べているうちに主人の機嫌がどんどん悪くなっていくようで、私が話しかけてもイライラした調子で「ああ」「うん」としか言わない。
何か嫌なことでも会社であったのか尋ねると、「違う」とぶっきらぼうに返された。
私の困った表情を読んだのか、少し時間をおいて主人は言った。「ししゃも多いよ。てか他におかずないの?」と言い出す。そして持論をまくしたてた。ししゃもはメイン料理にはならない、世の中にししゃも定食が存在しないのがその証拠だ、何か他におかずを用意するべきだ、とのたまう。主人が機嫌悪く私に当たってきたのは結婚して以来初めてだったため、私は何も言い返せず、冷凍庫にたまたま入っていた唐揚げをレンジで解凍しはじめた。主人の表情が少し和らいだ。怒りを全く感じなかったわけではないが、二度とししゃもは出さまいと決心した。謝るのは癪だったので、私は主人に話しかけられても機嫌の悪い主人と同様、そっけない態度をその晩はとりつづけた。一晩経った後はいつもの自分に戻れたが。
結婚して三年経つが、私の中では結構トラウマであり、それ以来ししゃもを食卓に一度も並べていない。ちなみに晩御飯のメニューが気に入らない主人は機嫌を悪くして、文句を言って残す。あまり食べられるものではない、と言って。会社で憂鬱な仕事をして、晩御飯のメニューまで良くないとひどく気分を害するようだ。友人や実家の家族に、この「ししゃも事件」をどう思うか尋ねたことがある。大体返ってくるのは「意味わからない。ししゃもはメイン料理になるでしょ」という答えだ。この答えを聞くと、私は「やっぱりそうだよね。主人の言う事が理不尽で私は何もおかしくないよね」と安心するのだ。
それでもししゃもは出せない。そして主人の機嫌を完全に損ねないよう、予防措置として冷凍唐揚げは常に冷凍庫に常備しているのである。すぐに代わりのおかずとして用意できるように。